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禍福糾縄

Posted by シシィ on 31.2017 0 コメント 0 トラックバック
取りあえず胆汁を抜く為、早急にドレーンを付けられました
胆嚢にチューブをつけて腹部から外に排出するためのものです
摘出手術までは容体の安定と外科の医師のスケジュールでまだ先になるとのこと
まずは黒褐色になった胆汁が黄色い透明になるのを待たなければいけません
チューブが出ている方へは寝返りが打てないので不便そうです

体から直接チューブが出ている様は痛々しかったです
胆汁を排出するようになりちょっとずつ父の容体は上向きになっていきました
晴れて一般病棟にも移り、いつでも面会できるようになりました
最初はTVを見るのも疲れるからと備え付けのTVも使わなかった父ですが徐々に自分でトイレに行き、デイルームまで歩けるようになりと病院内での行動範囲も増えていきました
チューブが体から出ているわけですから、移動用にそれとその先にあるパックが収納できるポシェットのようなカバンを病院から貸し出してもらえました
同じようにドレーンを入れた患者さんのご家族の手作りで、使わなくなってから寄付されたものだそうです
無機質な病院で人の思いに触れた気がしてなんだか温かみを感じました
この頃は胆嚢をとってしまえば大体なんでも食べれるし元の生活に戻れるね、もう少しの辛抱だよと幾度となく口にしていました
実際にはもっと大変なことになるのですが振り返るとこの頃は呑気にしていました

物事は悪い事ばかりではなく良いこともありました
CTのおかげで脳梗塞が何度も起きていたこと、それに伴い服用していた心臓の薬が合っていないことも判明しました
父は近所の内科で長年かかっていたのですが2月ごろの人間ドックの結果も良かったのです
それが実際には心臓の機能が通常の1/3ほどに落ち込んでいて医者も驚いていました
本人は医者に今まで心臓は苦しくなかったかと聞かれたんだけど何ともわからなかったと笑っていました
普段から熱と痛みに強い人なのですが限度というものがあります
心臓と血液の方も適切な薬に切り替えてもらうことが出来て本当に良かったです

父の病院は私の住む町からは電車で一本、そこからバスで10分ほどの場所にありました
途中に鎮守の森を持つ大きな神社があり、お見舞いの時はバスに乗らず歩いて必ず行き帰りは神社に寄って父が良くなるようにとお参りして、そちらでお守りもいただいて父の病院のベッドに結びました

私は特に宗教も信仰も持たない味気ない人間ですが日本人が大事にしてきた神社仏閣には敬意を持っています
延々と続く人の営みのそばに寄り添い存在しているモノというのは無碍にすべきではないし、100年を経て物が付喪神になるように旧いものに何かが宿る考えはとても気に入っています
その歴史背景は知らなくても清廉な空間であることには違いはないので神社はとても好きな場所です

困った時の神頼み
まさにこれかもしれませんが、これこそが宗教から離れた日本人スピリットではないでしょうか?
そこかしこにお参り出来る環境があるのはとても良いことだと思います

そういう訳で徒歩で通っていたのですが、私も丈夫な体ではないので母からはあまり病院に顔を出さないでもいいしタクシーかバスを使いなさいと言われいい顔をされませんでした
人間おかしなもので駅から病院までの距離だけでも私がちょっとでもきつい思いをした分、父の病が軽くなるような気がして自己満足ではあるのですが、見守るしかない中そうやって気を紛らわせていたのです
ただ母の忠告は覿面で、その後私は無理が祟り腰を壊し二週間ほど動けなくなるのですが、亀の甲より年の功と言いますか人の助言は聞き入れるべきですね・・・
コルセットで過ごす夏となってしまいました



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Category : 転禍為福

戦々恐々

Posted by シシィ on 15.2017 0 コメント 0 トラックバック
初日は入院準備と周りへの連絡等目まぐるしすぎて帰宅した時はぐったりでした
次の日は母と病院の玄関で合流
午後の検査も油断が出来ないので万一の為に付きそうよう病院から要請されました
集中治療室なので昼の一時間しかいられないのが、そういう事情で時間制限なしになって却ってよかったです
書類に記入してインターホンで入室許可をもらって父のベッドに行くと、やつれて酸素吸入のせいか声は枯れていましたが父がにこやかに迎えてくれました
昨日とはうって変わって元気そうで嘘のようです
エコノミークラス症候群予防の為にこんなのを付けられたんだと笑いながらキツキツの白いタイツのような靴下を履いた足を見せてくれました

倒れてからはじめてのまともな会話です
朝には37.4℃まで下がったらしくて看護婦さんとも歓談しながらもうすぐ一般病棟かなっと笑っていました
俺は大丈夫だから午後の検査まで暇だろうしお昼を二人でとっておいでと言われ元気そうなのに安心して近場のおいしいランチのお店を調べて母を連れて行きました
女性が元気を出すには、おいしい食べ物とおしゃべりが一番だと信じてます
ちょっとでも母の気持ちが上向きになるよう明るい話題を探しました

ランチを楽しんだ後、集中治療室に戻ると父は眠そうにしていたので戻ったことだけ伝えて少し寝なよと声をかけたように思います
炎症を抑えるための抗生物質で眠いんだろうと思い静かにしていようとしたところ、突然きゅっと父が横向きに丸まりました
お腹にいる赤ちゃんのポーズです
一瞬頭に疑問符が飛びましたが震え出したので、寒いの?と聞くと父は声を出さず首を縦に振りました
もう父は震えるばかりで動けないようですぐに看護師さんを呼ぶとシーツと電気毛布を掛けて下さいましたが震えが止まらないようです
母と私はオロオロするばかりで今度は口から泡が吹き出てきて強い震えのためベッドまで揺れてもうどうしたらいいかという状態に・・・
ポルターガイストか!!!と突っ込みを入れたくなるくらい父を押さえても震えは止まらずベッドがガタガタと音を立てて、さっきまで笑っていたのにともう涙目でした
看護師さんとの温度差が救いになったというか何度か顔をのぞいては「あらー寒いのね、もう一枚増やす?」と返事の出来ない父にのんきそうに声をかけてくれるお陰で、これは深刻な事態ではないとわかりました
人が泡を吹いてベッドから飛び出しそうなくらい震えるのを見た経験がないもので、それはとても怖いことだったのですが、こういう状態でも落ち着いている看護師さんの偉大さを感じました

それは悪寒戦慄(シバリング)というもので熱の出始めに起きる身震いだそうです
たしかに震えることはあるけれど、ここまで人は震えるの?って状態でした
一気に体温は40℃を超えてさっきまで会話出来ていたのがもう意識もはっきりしていないようで会話も出来なくなりました
そんな状態でしたので検査はとりあえず少し時間を遅らせることに
父が落ち着くまでずっと母と二人で腕や足をさすり続けました

震えが止まったところでベッドごと検査室へ移動
検査前に医者がやはり万一がありますと断られて落ち着かないまま検査室の前で待機をして母と二人やっと一息つきぼんやりと過ごしました
父の病状は良くなったり悪くなったりとジェットコースターのような数日を過ごしました



Category : 転禍為福

新春来福

Posted by シシィ on 08.2017 5 コメント 0 トラックバック
sinnnen.jpg
一週間遅れのあけましておめでとうです!

挨拶回りや新年会がやっと落ち着いてほっとしている日曜日
初詣にちょっと遠い神社にでもと思ったら大雨でした
買い物もすませてのんびりしたとこで新年の挨拶をとPCを立ち上げました

画像はお正月用に生けた木瓜と狼狽をバックに、うちのインコさんがおめでたい雰囲気になってたので撮ってみたものです
ホワイトボードに乗ってるのでボードのふちが隠しようがないのがなんですね
幸せの青いインコちゃんです

 どなたさまにとっても良い一年になりますように
Category : 日々雑感

有備無患

Posted by シシィ on 21.2016 0 コメント
一度実家に戻って集中治療室用の入院準備をすることに
一般入院用と比べるとそこほど多くはないのですが症状が落ち着いたら通常の病室に変わるのでそちらの準備も一緒にしなければいけませんでした
入院着は集中治療室では病院で用意したものを使うそうで一日レンタルで108円
安いので処置で汚れるうちはレンタルが一番だと思います
一般病棟に移ってもレンタルできるそうですが肌触りの良いものにしたかったので準備しました
春だったので病室が寒いのか暑いのかわからないのが困りましたが、ちょうど半袖と長袖、ズボンがセットになったものが売っていたので3着購入して水通しするよう母に預けました
私がお金を出すのを嫌がるので押し問答の末、ちょっと早い父の日のプレゼントだよーっということに
こんな時くらいと思うのですが親の矜持というものがあるのでしょうか

入院準備について100均はすごく便利だと思いました!
気が動転して無駄に買い物に駆け回ったのですがこまごまとしたものは大体100均にあるんですね
お見舞いに行く途中に100均が2軒あったので足りないものがあるとちょいちょい寄って病室を整えていきました
巣を作るために材料を運ぶオス鳥っぽいなと苦笑した覚えがあります
一般病棟に移ってからになるのですがベッドの柵に固定できる小さいゴミ箱とティッシュカバーはとても良かったです
イヤホンを止めるクリップやペンが転がって落ちないように小さいトレイや結構100均のお世話に
なんと寝たまま水を飲むための吸い飲みまで売っていました
安いからといってなかなか侮れませんね
他にはドラッグストアで売ってる汗拭きシートも大活躍でした
反対に一番買い替え丁度いいものを見つけるのが難しかったのがスリッパです
滑り止めがついていることが前提で、履きやすくて足にフィットして使いやすいものって本人が履いてみないとわからないので何度か買いに行きました
後、ヒゲ剃りですが最初普通の髭剃りを用意したのですがカミソリは持ち込んではいけないようで電動カミソリにするよう言われました
カミソリ禁止になるまでいろいろ不穏なことがあったのかと思うとちょっと怖いですね

入院が落ち着くまでは胆嚢を摘出後の普段への影響をネットで調べたり、病状についての本を購入して渡して母が安心できるよう努めました
普段はけっこう口喧嘩したりする両親なのですが
「お父さんが死んだら私どうしたらいいの・・・私も一緒に死ぬ」
と、救急の処置室前で言われたことが私の中で一番の衝撃というか修羅場でした
おかげで父の病状と母の心情を気遣うのに必死で私個人で落ち込んでいられる暇がなくて良かったかもしれません

母はとても人当たりがよく社交的な人なのですが「家族に優しくするなんて恥ずかしくて出来ない」というとても変なところがあって身内にとてもきつい人で私も親元を離れるまでは母子関係はうまくいってない方でした
大人になった今「親も子供なんだ」というのに気付いて、付き合い方を変えることで仲良くなることが出来、上記した家族にきつく当たる理由やいろいろな事を話してくれるようになり彼女にも彼女なりの思いがあるのだなと理解しました
私には姉がいるのですが今回の手記にあまり登場しません
私同様家を出て子供の頃のままの心情らしくあまり両親とは関わっていないせいです
家族といってもなかなか難しいものです

両親は夫婦間でもあまりそういう話をしていないらしく父も母も思っていることを相手を大事に思っていることを伝えればいいのに私に相手への思いを語るのにお互いはケンカしたりと、とても困りものです
子としては親に仲睦まじく過ごしてほしいのですがお互いシャイなんでしょう
人間素直が一番だと実感しますが、素直になれないまま何十年も年老いてしまう生き物な訳です
Category : 転禍為福

紆余曲折

Posted by シシィ on 07.2016 0 コメント 0 トラックバック
母と父の既往歴を思い出しながら書類と格闘していると看護師さんが「救急受付の方にお友達の方がいらっしゃってますよ」と知らせに来てくれました
お友達に心当たりはなく連絡を入れて置いた姉のことかな?と母を処置室前に置いて見に行くと実家の近所のM夫婦でした
Mさん夫婦と父母は一緒にプチ旅行に行ったり食事に出かけたりする仲で救急車で運ばれたと聞いていても立ってもいられず来てしまったそう
それまで泣かずに我慢していたのですがMさん夫妻に状況を説明している途中、医者から覚悟するように言われたと口に出したとたん涙が出てきました
言葉として口にしたことで、これが現実なんだと怖さが襲ってきました
M奥さんは乳がんを克服した方で、死にかけた自分も大丈夫だったんだからお父さんも大丈夫だからねと持ち前のキレのある口調で泣いてしまった私をM奥さんが叱りつけるように慰めて下さいました
なんとか泣くのを止めて母のところへM夫妻を案内しました

M夫妻のおかげで少しは落ち着いた母と私
心臓や循環器のお医者さんがいろいろと原因を調べて下さったそうで最終的に消化器科の先生から結果を知らされました
胆嚢に石がゴロゴロとあって急性胆嚢炎を起こしているということでした
炎症が高いのと心臓の状態から油断はできないけれど症状が落ち着いたら摘出手術をすれば元の生活に戻れるということ
かといって急変の可能性は否定できないので死にませんと断言することはできませんと言われました
ともかく病名と治療の目途が立ったことでやっと一息つけた感がありました
やっと処置室から移動ということで集中治療室に入る為場所を変えて準備が終わるまで待つことに

集中治療室は完全にシャットアウトされていてインターフォンでの入室許可制でした
面会も昼と夕方の1時間のみで名前と続柄を書類に記入し毎回提出、一度に3人までと制限されていました
物々しい中、何時間ぶりかに見た病床の父はとても小さくて私が学生の頃亡くなった父方の祖母にそっくり
数時間でこんなにやつれて小さくなってしまってといろいろ不安に思ったのですが振り返ると集中治療室のベッドがすごく大きくて対比で小さく見えていただけだと後から気付きました・・・
そんなすぐ人間小さくなるはずありませんね

父は力弱げながら会話も出来たのですが熱のせいか若干朦朧として見えました
「医者と話したらこれから胆嚢をとって夕方には家に帰れるから、夕方には家に帰るから」と何度か言っていました
何を言い出したんだろうと思ったけれどどうも熱のうわごとだったようです
何故そんなことを言ったのか後から確かめても本人も覚えていませんでした
話す内容はおかしくても、とにかく生きていてくれてよかったという思いでいっぱいでした
あまり長居も出来ない場所ですの入院準備を揃えにいったん退出することになりました
Category : 転禍為福

枕戈待旦

Posted by シシィ on 25.2016 0 コメント 0 トラックバック
処置室前のソファーで何枚もの書類を記入しながら同時に看護師さんから質問もいろいろされました
何度も確認されたのが「倒れる前ちゃんと話や行動が出来ていたか」ということでした
普通にしゃべれていたわけですが、病院側がしつこくおかしなことを言っていなかったかと聞くので確認すると、なんと脳梗塞の跡がいくつもあったからだそうです
今回のことがなければ発覚しなかったわけです
これは不幸中の幸いといえると思います

父は心臓病で前々から抗血栓薬を服用していたのですがどうも万全ではなく何度も軽い脳梗塞を引き起こしていたようです
本人も自覚なく運よく生活に問題ない部分で何度か起きていたようでちょっとゾッとしました
それで病院としては当初、脳梗塞の併発を疑っていたようですが炎症反応が高く現在の状況に至る原因は別にあるとのことで原因究明に時間がかかっていました
抗血栓薬は所謂血をサラサラにする薬なのですが、出血が止まりにくいという側面も持っているそうです
その効果が普通の人なら簡単な検査も服用している人間にとっては危険なものとしていました
普段父の健康を保つ為の薬が検査や治療のハードルを上げていたのでした

書類の方は同意書や入院着のレンタル等こまごまとしたもの
本人は意識がないのでアレルギーや既往歴なども付き添いが書くことになります
母はずっと私に話しかけていました
昨日の父は仕事が忙しくてお昼が食べれなかったと言っていたことや朝も食が細かったという話を何故か延々と繰り返していました
生来のおしゃべりもあるのでしょうが何かしゃべっていないと落ち着かなかったのでしょう
母はパニックを起こしてしまって何枚も書類を書き損じる状態なので私が書類記入係りになりましたが改めて考えると実の父のことでも知らないことがいっぱいでした
細かい病歴もともかく父の体重なんて気にしたこともありませんが入院時の投薬の量にも関係するので体重は必須ですね

・既往歴
・現病歴
・アレルギー
・服用している薬+サプリ
・身長と体重
親と離れて暮らす方は万が一の為に本人にお薬手帳に記録しておいてもらうのがいいと思います
救急車に乗る時にはお薬手帳と薬の現物も必ず持って下さい

知らないというとちょっと笑ってしまったのが母は父が結構な範囲で入れ歯だったことを知らなかったということでしょうか
父はとてもかっこつけで入れ歯の手入れも母の見えないところでしていたらしく母はショックを受けていました
私は本人から歯の治療の時に「いちいち今後悪くなってくならいっそ総入れ歯にしてもらいたいくらいだ」と、思い切りのよい話?を聞いていたので何も思わなかったのですが、母には自分の老いを知られたくなかったのかと父の小さい隠し事がとてもかわいく思えました

母は入れ歯もショックながら長年のパートナーの危機にいっぱいいっぱいになってしまったようで医者から「救急車を呼んだ時の状況」を聞かれているのに昨日の朝食の話からしだして横にいる私がびっくりしたほどです
途中制止しようかと思ったのですが、お医者様は慣れているのか根気よくあちこちに飛ぶ母の話をうなずきながら聴いて下さったので母が医師に伝えたいのならと黙っていました
お医者様の患者の家族へのその気遣いがとても温かくありがたかったのを覚えています



Category : 転禍為福

周章狼狽

Posted by シシィ on 12.2016 0 コメント 0 トラックバック
車内は狭く左側の簡易イスに母と並んで座りました
目の前に寝かせられている父は顔色が悪く汗を大量にかいています
救急隊員が父にいろいろ声かけする中、母から何があったのか聞きました

身支度に洗面所に行った父がなかなかリビングに戻ってこないので見に行ったら壁に手をついてうずくまっていて父は大丈夫だというけれど私に電話して救急車を呼ぶことにしたのだそう
話しながらも父を見ると尋常ではない汗を頭や顔にかいていて母がしきりに汗を拭いてあげていました
救急隊員の方も父の汗をふこうとするもタオルがなかったようで母にハンカチを借りるやり取りがあり、ああ救急車には汗拭きタオルは置いてないのか、ほかの救急車もそうだろうか?とぼんやり思ったのを覚えています

そして救急車はやはりとても速くあっという間に病院の救急入り口につきました
救急用の処置室の外で待つよう言われそこで「数値的に何があってもおかしくない状態なので覚悟してください」と医者から言われ思考が止まりました

父が今死ぬかもしれない話をこの人はしているとわかるのですが、なんだか夢の中で話を聞いてるような鈍さがありました
ふと死んでしまうならせめて一目でも生きている父の顔をみたいとふらっと扉に近づきましたが、私には処置の邪魔をする勇気もなく、医療スタッフをかき分けて顔を見たいと主張することも出来ず結局はおとなしく座ることしかできませんでした

私たちより後に救急車で運ばれて来た人が次々と処置を終えて移動するのを見ながら、この場所の滞在時間が長いほどいろんなことが難航している証拠のようで重く嫌な気持ちがじんわりとわきだしていました
Category : 転禍為福

嚆矢濫觴

Posted by シシィ on 02.2016 0 コメント 0 トラックバック
前回愛犬のことについて書いていて文字に起こすというのはなかなかの苦行のような気がしてきました
書きながらだらだらと思い出し泣きしてしまってまだ自分の中で整理が出来てない事柄なんだとわかったのは利点でしょうか
心理療法に作文があったりするし自分の中から取り出して別のところに置いておくっていうのは多分悪い事ではないと思うのですが・・・

ナナの見送りが済むと両親は次の日に彼女のモノをほとんど処分してしまいました
クッションもおもちゃも目に入るだけでとてもつらくてやりきれなくて思い切ってとのこと
各部屋のカーペットも全部変えてしまいました
私はペットが亡くなった時に残ったものの処分が難しい方なのでそういう人もいるんだと驚きました
離れて暮らす私でも辛いのに一緒に日々を暮らして彼女の重みや体温を日常にしていた両親の喪失感は大変なものだったと思います
なるだけ両親の気がまぎれるよう実家に顔を出すようにしていました

ある日知人に料亭のランチに連れて行ってもらいました
海鮮丼に牡蠣が丸ごと乗せられていて新鮮でおいしく目にも楽しい盛り付けで天ぷら料理もオススメの良店

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これは両親も好きなんじゃないかな?気晴らしになるといいと週末ランチの計画を立てました

当日、両親を迎えに行く道中で母から電話がきました
父がなんだかうずくまっておかしいので救急車を呼んだ方がいいか私が到着するまで様子を見る方が良いかと聞かれ、すぐに救急車呼ぶよう伝えました

急いで実家に向かうと住宅地のうちへの曲がり角には人垣が出来ていました
そこで実家の方を遠巻きに眺める人たちに、この道は今救急車がいるから今は入れないよと止められました
私の顔を知ってる方が娘さんだから通してあげてと道をあけてくれました

実家の前にも別の人だかりが出来ていて救急車を取り巻いています
救急車でこんなに人が集まるものなのかとびっくりしました
ちょうど後部ドアを閉めたところだったのですが近所の子供の頃から私を可愛がってくれたおばさんが「娘さんが来たから乗せてあげて!」と何度も叫びながら車体を叩いてくれたお陰でどうにか私も乗ることが出来ました
おばさんには何度お礼を言っても足りません

狭い救急車の中にはストレッチャーに固定された父と不安げな母がいて最初になんと声をかけたかも覚えていません
その日から落ち着く日まで強烈に記憶していることと、すっぽり記憶が抜けているところがあって思い出そうとすると変な感じです
Category : 転禍為福

パーソナルスペース

Posted by シシィ on 01.2016 0 コメント 0 トラックバック
この間飲み会でパーソナルスペースの話になりました
自分の縄張り意識というか他人にどの程度の距離まで近づくのを許せるかというアレです

一緒に飲んでたTさんはかなり広く取る方らしく、人懐っこいHさんはかなり狭いそうで、確かに2人が隣同士で話しているときTさんが「Hさん顔近い近い」と言うやり取りが前にあったのを覚えています
Tさんは物腰が柔らかで社交的な人なのでちょっと意外でした
シシちゃんはどうなの?と言われて、その日はHさんと隣にいたので二人でどこまでくっついて違和感があるか実演してみたら二人とも拒否らないまま頬にちゅっとされました
居酒屋みたいな騒がしいところだと顔近づけて話すし静かなBARだとやっぱり小さい声でくっついて話すから飲み屋で試してもダメだよね=ω=
個人的には椅子一個分くらいかなーってかんじだけど相手によるとしか言えないというのが正解なんだろう
女性の唇は男の人と違って柔らかいね(o'ω'o)
Category : 日々雑感

桜の頃

Posted by シシィ on 30.2016 0 コメント 0 トラックバック
実家の愛犬のナナが今年の2月くらいから目に見えて体調が悪化し4月の頭にとうとう永眠しました

IMAG0233_1_1.jpg

写真はお正月に撮ったものでこの頃は病院にかかることもあったけれど元気だったのにわからないものです
吠えたり噛んだりすることなく人が好きでいつも散歩に行く先々で会った人にかわいがってもらえるいい子でした
写真でもわかるようにいつも尻尾が見えないくらいぶんぶん高速に振っていて、ああこんなだったなと懐かしさとさみしさでいっぱいになります

火葬場に運ぶ日の朝、花屋に寄って彼女の為にピンクと白の花束を買いました
見送りには菊の方が相応しいのかもしれませんが、とにかくキレイで華やかな花で送ってあげたい気持ちでした
実家につくと母が用意した花や近所の人からのお花で小さい彼女の亡骸のそばは花畑のようでした
お葬式をするわけでもないのに親子揃ってお花代を持ってこられた方もいて周りの人たちのご厚意が沁みました

お別れまでの時間ずっと彼女の遺骸を手でさすって泣いてしまいました
出てくる言葉はありがとうばかりで彼女がいてくれたお陰でどれだけ私たちが幸せな時間をもらえたかと思うと他の言葉は出ませんでした

横たわる箱をお花でいっぱいにして身内8人で火葬場に向かいました
誰かが大体外せない予定があったりするのに不思議なことにその日はみんな時間が空いていて「ナナはおりこうだったから、みんなが揃う日を選んだんだね」と何度も会話にのぼりました
火葬場の方も大人8人ものお見送りは珍しいとおっしゃっていました
一日でもずれていたら両親ふたりの見送りだったので不思議なものです

駐車場から火葬場への細い道は桜が散り始めで花びらが降っていました
ふと見上げた桜の枝の芽吹いた緑と散る花が今でも忘れられません
とてもすがすがしく晴れ渡った日で、一番綺麗な日にむこうに行くんだねと思いました
どこにいてもナナが楽しく幸せでありますように

そんな気持ちで過ぎた4月でした

Category : 転禍為福
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    待ってそんな作品中々ないから
    やっぱり見てもいいのかもよ?
西暦は作品が発表された年になっています
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